• Introduction

    2001年フィリピン・パラワン島リゾートで起きた観光客21人誘拐事件。 事件解決に1年以上を要し、今なお謎が残るこの事件を、フィリピンの鬼才ブリランテ・メンドーサが映画化!

    美しい海や自然に囲まれたリゾート地で観光客たちが、夜半ホテルからイスラム武装勢力アブ・サヤフによって誘拐される。 目の前で起きる銃撃戦、そして殺人によって抵抗する気力をなくしていく人質たちは、必死に救出されるその日を待っていた。 この物語は、人質たちの命を顧みないフィリピン国軍による救出作戦、フィリピン政府による身代金の着服、処刑された仲間、 これらを目の当たりにしながら長引く潜伏生活の末、人質たちの心が磨り減っていく様を、緻密な調査や、 フィリピン国軍とアブ・サヤフ両サイドの全面協力により、限りなく事実に近く再現した映画である。 実際の事件では、生還者の一人が体験記を出版し話題となったが、本作はさらなる調査と、その前後にも起きた誘拐事件も参考にし、 被害者側の視点だけではなく、加害者であるアブ・サヤフグループの葛藤、さらには彼らを支援する島民たちとのやりとりを明らかにした。 あの時、本当は何が起きたのか。実際の犯行グループは、今も逃亡中である。(2012年9月手配犯の内2人が逮捕された。)

  • Story

    2001年5月、世界有数のリゾート地であるフィリピン・パラワン島。各国からこの地を訪れた観光客が滞在する高級ホテルに夜半、 イスラム原理主義アブ・サヤフグループが押し入り、21人の観光客が誘拐された。 その中にはたまたまこの島に立ち寄り、 事件に巻き込まれてしまったフランス系非営利団体のソーシャルワーカー、テレーズ・ブルゴワンと同僚のソルダットもいた。 人質たちは小さなボートに乗せられ、ミンダナオ島・バシランへと向かう。道中、アブ・サヤフにイスラムの掟を説明され、 さらにそれぞれの身分といくら身代金を出せるかを問い詰められる人質たち。 彼らの脳裏には、連れ去られる途中で見た殺人の衝撃が残っており、さらに恐怖と緊張とで抵抗する意思をなくしていた。

  • Cast

    イザベル・ユペール(テレーズ・ブルゴワン)

    1953年パリ生まれ。英語教師だった母親の勧めもあり、ヴェルサイユ音楽院に進み、ミュッセの戯曲で賞賛を受けた。その後フランス国立高等演劇学校を卒業し、舞台女優としてのキャリアを積む。1972年映画デビューするやいなや、同世代の女優の中で頭角を現し、巨匠と呼ばれる監督たちとの仕事に恵まれて大女優としての道を歩む。『勝手に逃げろ/人生』(80/ジャン=リュック・ゴダール監督)ではナタリー・バイと恋のさや当てをする娼婦を演じ、『天国の門』(80/マイケル・チミノ監督)では重要な役で国際的なデビューを飾る。クロード・シャブロル監督『主婦マリーがしたこと』(88)では堕胎を手伝ったことから道を踏み外す主婦を熱演。この役でヴェネツィア国際映画祭女優賞を受賞、作品も各国で外国語映画賞に輝き名実共に国際的女優の評価を受けた。シャブロル監督とのコラボレーションでは『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(95)で再度ヴェネツィア国際映画祭女優賞を受賞、念願のセザール賞最優秀主演女優賞を獲得した。女優としての評価を確立しながらも、『ピアニスト』(01/ミヒャエル・ハネケ監督)、『8人の女たち』(02/フランソワ・オゾン監督)、『ジョルジュ・バタイユ ママン』(04/クリストフ・オノレ監督)など常にイメージを打ち破り続ける女優である。 最新作に『愛、アムール』『3人のアンヌ』などがある。



  • Staff

    監督:ブリランテ・M・メンドーサ

    1960年6月30日フィリピン・フェルナンド生まれ。マニラ市内にあるサント・トマス大学で広告芸術を学ぶ。長編映画や、TV、舞台そしてCMのプロダクションデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。彼の制作した番組の中でも、「FLIRTING WITH TEMPTATION 」(86),「PRIVATE SHOW」 (1986),「OLONGAPO」 (1987), 「THE GREAT AMERICAN DREAM 」(1987)などが評判を呼ぶ。さらにCM制作に注力し始め、次第にフィリピン国内では引っ張りだこのディレクターになる。マクドナルドなど、国際規模の会社のCMを担当するようにもなり、政治家や興業界の大物との仕事が舞い込んでくるように。  2005年、センターステージプロダクション設立。初の長編監督作『マニラ・デイドリーム』(05/映画祭上映)が2005年ロカルノ国際映画祭ビデオ部門で金豹賞などを受賞。2作目「Kalendo」(06)は2007年全州国際映画祭でネットパック賞を、ダーバン映画祭では主演女優賞を獲得。3作目のドキュメンタリー作品「Manoro」(06)は2006年トリノ国際映画祭ヤングシネマにてシネマ・アブニール賞、またフィリピン国内のシネマニア国際映画祭にて最優秀作品賞と監督賞を受賞した。4作目「Foster Child」(07)では、ヒロインを演じたチェリー・パイ・ピカチェが2007年ニューデリー映画祭にて最優秀主演女優賞を獲得。「Tirador」(07)で、2007年マラケシュ映画祭審査員賞を、翌年ベルリン国際映画祭ではカリガリ賞を受賞し、同年フィリピン・シネマニア国際映画祭にて2度目の最優秀作品賞を受賞した。フィリピン、フランス共同出資作品「Serbis」(08)は、フィリピン映画としては1984年以来のカンヌ国際映画祭コンペ出品作となり、『キナタイ・マニラ・アンダーグラウンド』(09)ではついに2009年カンヌ国際映画祭監督賞を受賞する。同年9月には、「LOLA」(09)がヴェネツィア国際映画祭に出品され、ドバイ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞している。



  • Interview

    ブリランテ・メンドーサ インタビュー

    冒頭に、"事実に基づく"とありますが。

    本作は、2001年フィリピン・パラワン島で実際に起きた、イスラム原理主義組織アブ・サヤフによる誘拐事件にヒントを得て製作しました。統一された公式報告がありませんでしたが、この年の前後一年近くの間に、こうした事件は何件も起き、100人以上もの人々がフィリピンのあちこちで身代金目的に誘拐されたのです。そして多くの人質、誘拐犯、彼らを救出に向かった兵士たちが命を落としました。 この作品を、私は実際の出来事・事件として描きフィルムに収めました。モデルとなった誘拐事件を私は綿密に調べ、事件の生存者、アブ・サヤフ、救出にあたった軍部、その他関係者たちの証言を集め、脚本を書いたのです。ドラマ性を盛り込むためにいくらかフィクションをいれましたが、この作品の75%は真実と言えます。

    軍に追われていたので、登場人物たちは常に移動していますね。

    本作で描かれる行程は、参考にした誘拐事件をモデルにしています。映画はリゾート地のホテルで、イスラム系テロリストグループに観光客が誘拐されるところから始まります。このあたりは事実に照らし合わせて、起きたことを正確に描こうと決めていました。誘拐犯と人質の一行は、何日もかけて何百キロも海を横断し、ミンダナオ島バシランへたどり着きます。進んでラミタンでの戦闘は、軍部とアブ・サヤフとの交渉が失敗したため起こりました。逃げ延びた一行は、島の中心部にあるジャングル地帯・バシラン国定公園に行き、軍からの攻撃をかわそうとしたのです。 正確に描くと言いながら、私たちは、事件が実際に起こった場所で撮影できませんでした。というのは、今もそこは安全ではないからです。メトロ・マニラにある私の庭や、首都があるルソン島周辺の様々な場所で25日間かけてこの作品を撮りあげました。

    撮影に関して、何かこだわりがあったとうかがったのですが。

    この作品に関しては、順撮りにこだわりました。海辺のリゾート地から誘拐され、海をボートで渡るオープニングから、山間の病院にたどり着くが軍に包囲され、銃撃戦を避けるためにあちこちをうろつき、それから一気にラストまでを順番に撮っていきました。なぜ順撮りにこだわったかというと、俳優たち個々に恐怖と、誘拐する側・される側の本質を感じてほしかったからです。撮影中、彼ら自身拘束されているわけですから、出来る限り誘拐というものを疑似体験してもらいたかったというのもあります。実際に起きた出来事をロケ地で再現するため、細心の注意を払いこの撮影方法を守りました。 私の今までのやり方と同じで、この作品もドキュメンタリーであるかのように作りました。資料にある現実と一致する様に、真摯にこの物語を撮ったのです。撮影カメラは最先端技術の高解像度カメラであるアレクサを使用しました。これにより、特に海上やジャングルでの行程を無理なくカメラに収めることができました。

    イザベル・ユペールが演じるテレーズ・ブルゴワンは監督が作った25%の虚構の一部ですね。彼女の役割とは?

    世界的女優イザベル・ユペールにテレーズ・ブルゴワンをお願いしたというより、彼女をイメージしてこの役を作りました。テレーズはフランス人で、パラワン島を拠点とした非営利団体のソーシャルワーカーとして働いています。彼女の役はアブ・サヤフの組織と誘拐の内情を観客に見せるために必要でした。本作でテレーズが経験することは、私が調べた事件での証言に基づきます。テレーズの目を通して、誘拐犯であるイスラム系テロリストたちの実像を浮き彫りにしていきます。宗教、野心、恐れ、弱みなど、この事件に関わるいくつかの要素を解釈するための手掛かりが、彼女なのです。

    確かに彼女を通して、実は誘拐している側も自由じゃないということがわかりますね。

    そうですね。アブ・サヤフはフィリピンのミンダナオ島南部を拠点とする、イスラム原理主義者の一団です。1990年代の初め、アブ・サヤフはフィリピン国内での独立を目指した武装集団として知られるようになりました。それから次第に、多くの誘拐、爆撃、暗殺や強奪などに手を染め、犯罪グループになっていったのです。 私はアブ・サヤフを単純に描きませんでした。他の人同様、彼らだって普通の人間でもあるのです。おかしいときには笑うし、時には腹を立て、暴力をふるう。もっとよく見れば、同情すべきところさえあります。映画製作者として、私は常にジャーナリストのようでありたいと考えています。自分の信念がなんだろうと、できるだけ、なぜこうした状況になったのか、その側面を率直に描きたいのです。たとえ、真実が一般の倫理に反していても、反しているのが何かを映像で見せなくてはいけません。アブ・サヤフと彼らの犯罪は憎むべきものであり、正当化できるわけもありませんが、本作は彼らのしたことについての映画ではありません。これは人間性の物語です。アブ・サヤフや、人質たちの、そしてまた政府やすでに確立された秩序で動く軍人たちの人間性を描いています。この題材をなぜ選んだのか、作品をご覧になったらはっきりとわかっていただけると思います。長期にわたって答えが出ず、さらには未解決であるにもかかわらず、それでもなぜ私が『囚われ人』を撮ろうと決意したか。私はあるひとつのことを描きたかったのです。それは誰でも何かに囚われているということです。

    モデルとなった誘拐事件については未解決であり、正式な発表もされていません。人が何かに囚われる以外にも描きたかったものがあります。

    パラワン島観光客21人誘拐事件やその他の誘拐事件について調べていくと、政治家や軍への告発、非公式ながらの証言、マスコミでの報道、などの情報がたくさんありましたが、まとめていくとかえって何が真実か、簡単にはわからないと思いました。解放された方の手記も読みましたが、あれは被害者側からのみの視点であり、真実とは何かを描いたものではありませんでした。また身代金についても公式発表はありませんでしたが、いくつかの情報源から、人質救出のための身代金は確かに送られていたのに、そのほとんどをフィリピンの政治家や軍人が着服したということもわかりました。 人質たちはアブ・サヤフの本拠地であるミンダナオ島に隠されていました。この島は、ほぼジャングルでできているので、いったん密林に隠れるとなかなか手が出せません。このジャングルこそが、彼らがこの島を拠点としている理由ですし、また歴史的にもこの島はそういった目的で占領されてきました。ミンダナオ島とその住人達は、まさにそうした悪循環に取り込まれていると言えます。中近東の裕福な国々にとっては、石油によってその国の危機が左右されます。ではミンダナオ島での石油は何か、それはその豊かで広大な自然なのです。目には見えませんが、フィリピンの自然はすでに狙われています。人々は自分たちの都合で、この自然をいいように使ってきました。しかし、私たちフィリピン国民は、その事実に慣れてしまって目を向けなくなっているのが事実です。本作品はフィリピンが考えなくてはいけない問題の場所を背景に、コントロールできない困難に直面した時、自分たちが生き残るためには何をしたらいいのかを決断する映画でもあります。



    イザベル・ユペール インタビュー

    ブリランテ・メンドーサ監督とは面識があったのですか?

    ブリランテ・メンドーサに初めて会ったのは、2009年カンヌ国際映画祭のクロージングの時でした。私は審査委員長を務めていたの。彼の映画『キナタイ・マニラ・アンダーグラウンド』(09)が監督賞を受賞したのよ。私は彼の「Serbis」(08)をすでに観ていた。『キナタイ・・・』は自由な雰囲気がいいと思ったのだけど、それはあの映画は、役者たちが何も制約がなく、映画だけのために演技をしているという風に感じたから。とにかくそれまでは話したこともなかったわ。

    監督はその時のあなたにインスパイアされて、テレーズの役を創作したそうです。

    とても光栄だわ。でも、事実として私と彼は、本当にあの映画祭で会っただけだったの。それから何か月かして、ブラジルのサン・パウロで本当に偶然にブリランテ・メンドーサに再会した。私はそこで、ボブ・ウィルソン演出の「Quartet」という舞台に出演していて、彼は『キナタイ・・・』の上映のために招かれていたのよ。とにかく偶然会ったその時に、ブリランテが本作の準備を進めていて、そしてたまたま会った私に役を振ってくれたとばかり思っていたわ。

    撮影前に共演者と会わせなかったと聞きましたが。

    撮影の最初の数日間、ブリランテは私を含めた役者たちに共演者と会わないようにと約束させたのよ。テロリストたちにも人質たちにも同じようにね。でも、そうしたことが撮影中の雰囲気づくりに役にたったと思う。私の最初の登場シーン、あの時、私は共演者の誰のことも知らなかったし、テロリストを演じた俳優たちの方が怯えていたことも知らなかった。私たちはできる限り実際に起きたままにやることに徹したけれど、テロリストを演じた彼らはまだ役にそれほどのめりこめていなかったのよ。毎日、事件の進行表によって私たちは動かされ、映画として記録されていくという感じだった。

    役作りはむずかしかったのでは?

    撮影中、私はイングリッド・ベタンクール(コロンビアの政治家。大統領候補になった際にテロリストに誘拐され、6年半もの捕虜生活を強いられた)について書かれた本を読んでいて…彼女の置かれた状況を知ることは、私の役を大きくしたと思う。深い徒労感、絶対終わらない、助からないという絶望、絶えずどこかに移動され続けるということ。この作品は様々な場所で撮影があった。マニラから5時間も離れて、かつてアメリカの基地があったジャングルの真ん中で、『地獄の黙示録』(79)でコッポラが舞台に選ぶような場所よ。 しまいには、私たちがブリランテに誘拐されたとさえ感じたわ。

    いつもイメージを打ち破るような役を選ばれますね。

    基本的に、私は女優としてキャリアを始めてから今まで、この仕事は私をいろんな意味で境界の向こうに連れて行ってくれるような職業なのだと思ってきたの。撮影は地球上の至る所で映画製作はあるし、ロケでの撮影は結束を強めることもある。自分とかけ離れている役柄なら一層、何ができるのかしらという自分の限界へ挑むような気持になることもある。自分を変えられると信じているから、映画制作に惹きつけられてしまうの。そうしたコラボが、予期しないすごいことを引き起こすものだから。違う世界へ簡単に行けるようになるにはいつも、人と人との関わりが重要になるのよ。私は自分自身を簡単にさらけだせる。よく知らないセットにいる時だって、大丈夫。そんな時には、はるかに大きな自由を感じられる。だから私は、自分の仕事を確立させるために、普段から自分自身をこの位置に置く必要があるわ。もし、私がフランス映画だけにしか出ないってなったら、その制限のせいで、仕事を楽しいとは思えなくなるでしょうね。













theater

関東エリア

都道府県 劇場 公開日
東京 シネマート新宿 上映終了
神奈川 横浜ニューテアトル 上映終了

東北エリア

都道府県 劇場 公開日
福井 メトロ劇場 上映中

中京エリア

都道府県 劇場 公開日
愛知 シネマスコーレ 上映終了

関西エリア

都道府県 劇場 公開日
大阪 第七藝術劇場 上映終了
兵庫 元町映画館 上映終了

九州エリア

都道府県 劇場 公開日
鹿児島 天文館シネマパライダス 上映終了